Top / 20120429個人山行大峰山奥駈道
20120429個人山行大峰山奥駈道

大峰山 奥駈道 2012/4/29〜5/6

名称未設定 2.jpg

4月29日

吉野山13:05→金峯山寺蔵王堂13:15→上千本口13:45→水分神社14:05→金峯神社14:45→苔清水15:15→青根ヶ峰15:50→林道登り口16:20

熊野本宮からバスで登山口の吉野まで移動する。 吉野山(標高約300m)から約17kgの荷を背負って歩き出す。天気はよく、気温が高く、風もなく、暑くて汗が出てきた。金峰山寺蔵王堂の山門を潜り、指導標に沿って舗装道路を歩く。観光客が多く、沿道には土産物店が軒を連ねている。金峯神社から山道になる。直ぐに旧女人結界碑、これを越え、青根ヶ峰857.9m。今日初めてのピークに着く。周りは樹木に囲まれていて展望はきかない。山道に入る手前にテントを張った。明日は午後から天気が崩れる予報になっている。

DSCN8023.jpg
 

4月30日

林道5:05→心見茶屋跡5:15→新茶屋分岐5:55→四寸岩山6:15→足摺宿6:30→二蔵小屋7:30→大天井岳8:25→五番関9:05→洞辻茶屋11:05→陀羅尼助茶屋11:20→大峰山12:30→小篠ノ宿13:05

どんよりとした天気で、空一面に薄暗い雲に覆われ、予報通り天気が悪くなってきている。 山道に入ると、整備された道がつづく。四寸岩山から山上ヶ岳方向が見える。大天井ヶ岳の上り下り後、五番関。ここから女人結界。五番関から鍋冠行者堂、今宿茶屋跡を過ぎ、余り起伏のない稜線を歩く。山上ヶ岳の稜線に雲がかかりだした。洞辻茶屋、陀羅尼助茶屋は、小屋の中に奥駈道が通っている。陀羅尼助茶屋から左側の木製の階段を登り、鐘掛岩、西ノ覗、東ノ覗などの行場を過ぎると、前方の山上ヶ岳はガスで見え隠れしている。小屋開け準備中の宿坊の横を通り、大峯山寺につく。山上ヶ岳頂上(1719.3m)は一等三角点があり、草原状でなだらかな笹原が続いている。 ガスが流れる稜線を上り下して、小篠ノ宿に着いた。まだ、雨は降っていない。小篠ノ宿に着いてから1時間くらいして雨が降り出した。明日の天気の回復は望めそうもない。

DSCN8063.jpgDSCN8107.jpg
 

5月1日

小篠ノ宿6:50→女人結界門7:20→小普賢岳8:10→大普賢岳8:25→行者還岳10:45→行者還小屋11:00 

夜から雨が降り続いていて、カッパを着て歩き出す。 小篠ノ宿から稜線に出て、林間の中にある女人結界の門を通る。登山道は稜線を忠実に歩いて行く。雨は強くなったり、弱くなったり、風は結構強く、東方向から吹いている。小普賢岳、大普賢岳(1780.1m)を過ぎて、笹原の稜線を上り下りして行く。行者還岳(1546.5m)を往復する。行者還岳の山腹を巻くと、行者還小屋に着いた。 ここで、今日の行程の相談をした。今日は揚子宿までの予定である。ここから弥山まで3時間、弥山から揚子宿まで2時間の予定である。風、雨ともに強く、天候の回復は見込めない。揚子宿まで行くことも可能だが、今日はここまでとする。ニュースでは、明日の天気の悪化を知らせている。明日の天気は今日よりも悪そうだ。これらの情報から明日は停滞することにした。夜中、風の音が大きく響いていた。

DSCN8127.jpg
 

5月2日

停滞

ラジオをつけると、奈良県南部は大雨警報と強風注意報が発令されている。 明日以降の計画の検討を行う。3日は行者還小屋から八経ヶ岳、釈迦ヶ岳を登り深仙宿まで、4日は深仙宿から持経宿、平治宿を経て行仙宿まで、5日は行仙宿から笠捨山を経て玉置神社まで、6日は玉置神社から大森山を経て熊野本宮大社という計画に変更する。食料は予備食を融通して6日まで持つようにした。することがないので、寝たり起きたり、ラジオを聞いたりしていた。天気予報では明日は天気が回復すると言っている。夕方になると、雨もやみ、夜になると、さすがに風もおさまってきた。

 

5月3日

行者還小屋5:05→一ノ垰6:00→奥駈出合6:30→聖宝ノ森7:15→弥山小屋8:05→弥山8:10→八経ヶ岳9:00→明星ヶ岳9:25→舟ノ垰10:35→楊子宿11:20→鳥ノ水13:00→釈迦ヶ岳→14:20→深仙宿14:50 

朝起きると、風もおさまり、雨も降っていない。5時に2日間過ごした行者還小屋から出発した。 行者還小屋から一ノ垰、奥駈道出合と緩やかな上り下りを経て、聖宝ノ森に着いた。向こうの山肌に日が当たっているのが見える。天気は回復しているようだ。聖宝ノ森から弥山への標高差約350m今日一番の登りになる。木製の階段が出てくると直ぐに弥山小屋に着いた。弥山頂上はガスが立ちこめ見通しはない。八経ヶ岳(1915.1m)へ少し登って頂上に着く。 ガスが濃くなったり、薄くなったりと天気の回復は遅れているようだ。八経ヶ岳から倒木が多くなり、歩きにくくなった。潜ったり、跨いだり、結構消耗する。舟ノ垰から倒木も少なくなり、歩きやすくなった。バイケイソウが沢山生えている稜線を巻くと揚子宿避難小屋にでた。樹林の中の道をモクモクと歩いて行く。木々の下には、苔が沢山生えていて、雨に濡れた緑が美しい。しだいに、鎖や金属製の杭がでてきて、岩場の登りになる。ガスが巻いているので、下が見えず、上に向かって登るだけである。急登を這い上がると、ひょっこりと釈迦ヶ岳頂上(1800.0m)に着いた。 頂上から急な道を下り深仙小屋に着いた。窓がなく、中は暗く、少しジメジメしていた。夕方から風が強くなり、一晩中吹き荒れていた。強風が吹くと、小屋が揺れて、屋根や壁が剥がれそうな感じがした。

DSCN8131.jpgDSCN8139.jpg

5月4日

深仙宿5:00→太古の辻5:20→天狗山6:15→滝川辻7:35→涅槃岳8:25→証誠無漏岳8:50→阿須迦利岳9:20→持経宿9:40→平治宿10:55→転法輪岳11:25→倶利伽羅岳12:05→行仙岳13:20→行仙小屋13:45

相変わらず風は強く、ガスが西側から吹き付けてくる。昨日よりガスが濃いようだ。太古の辻には「南奥駈道」と大きな看板が立っている。やっと半分が終わったようだが、天気がよくないので精神的に開放感はない。 忠実に稜線沿いに登ったり、下ったりの繰り返しが続く。天狗山、奥守岳、地蔵岳、般若岳、涅槃岳、証誠無漏岳、阿須迦利岳と次々とピークが現れる。阿須迦利岳から下ると、ガスの下に出て、持経宿に着く。小屋前の温度計は8℃を指している。登り下りを繰り返して平治宿に着いた。転宝輪岳の近くから周囲の山々も見えてきた。倶利伽羅岳から広い稜線の道を歩き、電波塔のある所が行仙岳頂上(1227.3m)だった。行仙岳のピークを回り込んで下ると、行仙小屋(佐田辻)に着く。行仙小屋は広くてとても快適な小屋だ。新宮山彦グループが管理している。志納金として1人1000円を納め、下り10分、登り20分の所へ10 ℓのポリタンを担いで水くみに出かける。小屋には十数人泊まることとなった。管理の人からサンマの開きや干物を焼いたものをいただく。とてもおいしかった。

DSCN8168.jpgDSCN8187.jpg

5月5日

行仙小屋4:50→笠捨山6:20→葛川辻6:40→地蔵岳7:25→香精山8:20→塔ノ谷峠9:05→古屋辻9:45→蜘蛛ノ口10:20→花折塚11:40→玉置山展望台12:00→玉置山12:45→玉置神社12:55→本宮辻13:35→大森山15:15→大森山南峰15:35

小屋から笠捨山の登りにかかる。太陽が大台ヶ原に続く稜線から出てきた。この山行で初めて日の出を見る。笠捨山西峰(1352.7m)の少し広い頂上は木々も少なく、ほぼ360度の展望を得ることができた。 笠捨山から道は西方向に振り、登った以上にドンドンと下って行く。地蔵岳は木の根や鎖を掴んでの急登、頂上も狭く、下りも鎖場が随所に出てきた。香精山から歩く方向は南西に戻る。貝吹金剛からさらに下って最低鞍部(約700m)の稚児の森付近、車道に出たり、山道に入ったりしながら高度を上げていく。花折塚は大きな看板がその由来を書いてあった。再び、舗装道路に出ると、玉置山展望台に着く。車やバイクが数台止まっていて、人が沢山いて賑やかだ。展望台から奥駈道や笠捨山からの稜線が見え、眼下には熊野川の流れや人家も見える。風が通り抜け、とてもいい感じだ。玉置山頂上(1076.8m)は草地の真ん中に一等三角点が埋まっている。 玉置山から下ると玉置神社。玉置神社は杉の大木や古い建物が荘厳な雰囲気を漂わせている。こんな山の中に大きな神社があることが驚きだ。社務所の近くにあった温度計は21℃を示していた。ここで、今日と明日の水3ℓを補給した。 グンと重くなった背中の荷物を背負って、玉置神社から整備された広い道を下っていく。今日は玉置辻までの予定であったが、まだ陽も高いことや明日の行程を少しでも短縮するため、もう少し進むことにした。緩やかに登っていた山道は植林帯に入ると急登となり、大森山(1078m)に続いている。大森山南峰(1045.2m)でサイトすることにした。明るいうちに食事を済ませ、後はゆっくりする。あと一日でこの山旅も終了になる。

DSCN8231.jpg
 
DSCN8291.jpgDSCN8298.jpg

5月6日

大森山南峰5:35→切畑辻6:00→五大尊岳6:25→六堂辻7:25→大黒天神岳7:55→山在峠8:45→七越峰8:50→備崎 河原10:50→大斎原11:30→熊野本宮大社11:35

空は晴れて、今日も暑くなりそうだ。 大森山南峰から切畑辻まで急降下する。これからもう1000mを越える所はない。岩混じりの道を歩いていると、アカショウビンの声が聞こえた。五大尊岳から所々にでてくる石楠花の木には花が咲き、六堂辻から緩やかに登った大黒天神岳の頂上は樹林に囲まれていた。山在峠近くから右に大きく蛇行している熊野川が見え、車の音が聞こえてくる。高さはもう対岸の一番高い所と同じくらいになっている。「ああ、もう大分下ってきたのだなあ」。 大森山南峰から和歌山県に入った途端、指導標が少なくなった。奈良県では迷いやすい所や地名のある所には立派な石造りの指導標があり道を迷うことはなかったのに、吹越山の先でとうとう地図を出し、歩く方向を確認した。指導標はあるのだが、熊野本宮大社としか書かれてなく、途中の地名が書かれていない。 余り登り下りのない稜線をひたすら歩いて行く。七越峰(262m)の芝生の広場から大斎原や大鳥居、熊野本宮神社の森がすぐ足下に見え、もうあと少しで終着点だ。木の間から熊野川が見えているが、尾根を忠実に辿っている。備崎経塚群の史跡から備崎の河原にやっと飛び出した 熊野川は降雨の影響もなく増水していない。目の前には大斎原の大きな鳥居が見える。少し上流に行った所を徒渉した。河原を横切り大斎原に着くと、そこは木々に囲まれ、周りの音からも離れた静かな所だった。大鳥居をくぐり、熊野本宮大社に歩いて行く。熊野本宮大社の鳥居脇に荷物を置いて、参拝した。 やっと、大峯山奥駈道を歩くことができた。当初計画した5泊6日で歩くことができなかったが、それも悪天候のため、仕方がない。また、歩く機会があれば、小篠宿から深仙宿の間を晴れた日に歩いてみたい。

DSCN8308.jpgDSCN8334_0.jpg

(S.H 記)